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2002年4月14日、「ジュリアス・シーザー」8回にわたる階段落ち、最後の日です。思えば今回の公演、亡霊シーンが、観客席にうねるような大評判を巻き起こしました(あのシーン、なんたって、ひとこともセリフないんですよねぇ)。 それに引き換え、私、演じましたシーザーでしたが、やっている本人は命がけだというのに、ちっとも評判にならなかった4段階段の「階段落ち」でした。やっぱり階段落ちは、せめて13段は、なければだめなんですねぇ。紀伊国屋ホールの「たっぱ」のなさが、すべての元凶でした。 もっとも、うちの息子によると「パパ、ブルータスの宮内クンは、怪我のないように上手に階段の下まで降りて倒れているんだよ。パパも、もっと上手にやらなくちゃだめだよ。宮内クンにどうやればいいのか教えてもらったらいいんだよ」と、いうことですから、本人の責任といった部分も、多々あるようです。 いったい、「階段落ち」というものは転がるまでの決心が大変なのです。いったん、転んでしまえば百段あろうと、二百段あろうと、段が多いほど見え方が派手になるという違いだけで、実際のストレスはたいしたことではありません。 『蒲田行進曲』のように、背中からさかさま落ちというのも、落ちはじめが大変なだけなのです。さすがに今回、あれをまねすることはできません。第一、低すぎて首の骨を折ってしまうのが「落ち」なんですから。 ちっとも評判が沸かなかった階段落ちでしたがそれでも右腕に無数の「ミミズ腫れ」ができてしまいました。面白いことに、僕は左利きなので右腕に傷ができます。器用な左は、うまく傷ができないように、本能的にとっさの対処ができているんですねぇ。 8回ほどの公演でしたが、とても充実した毎日でした。何しろ三日目くらいまでは、セリフがちゃんと入っていないのです。皆さんは俳優が、セリフを覚えていないようでは芝居にならないだろうとお思いでしょうが、セリフが完璧に入って、他人の言葉を聞けなくなってしまう「ひとりよがりのお芝居状態」を僕はとても恐れるわけです。お芝居というものは、あくまでも相手役の言葉を聴いた上で成り立っていくものですからね。 そのうちやっている役の「心」が自分の中に入ってきてストンと、「腑」に落ちるのです。若いころは、完璧にセリフを入れて稽古に臨んだものですが、このところ15年ばかり、できるだけ自分のセリフを忘れようとしています。 それでも無理やりセリフが入ってきてしまう三日目あたりから、お芝居的には落ち着いてくるのですが、僕は、自分でもどきどきしてしまう、そして時々噛んだりしてしまう初日、二日目のお芝居のほうが好きです。 今回僕の追求したテーマは、シーザーの威厳、シーザーの懐の深さ、ややもすると苛酷とも思われるシーザーの他人に対する思いがけない情愛、そして階段落ちです。それが完成して初めてセリフです。三つの点では、かなり成功したと思いますが、階段落ちが今ひとつでした。やはり「後ろ向きに落ちる」くらいでないと・・・・、ウ〜ム、まだまだでしたね。 「シーザーなんだから、もっとかっこよく死んだらいいのに」と思った人はいませんか。階段から落ちての死に様を、身体を曲げてああいう風にしたのは 千秋楽の日、初めて、射殺された牡鹿のように首を伸ばして死ぬことができました。死んだあと、アントニーが抱きおこすまで、じっと息をとめなくてはなりません。抱き起こされると少し呼吸ができるんです。長い時間です。とめるわけにはいかないので、できるだけ薄く呼吸をするのです。苦しいんです。その間、じっと、シェイクスピアと対話していましたよ。 何より、肝心なのは、おのれに忠実であること。そう、言ってましたよ。シェイクスピアが。上杉祥三君によると、「原田さん、ボクがベールとるとき、いつも、いびきをかいているんだよね」とのことでした。神かけて、寝てはおりませんでした。だが、時々意識が薄くなっていたかもしれません。なにしろ、絶対不可能なのは自分のいびきを聞くことだから・・・・。 一度、出とちりをした日があります。三日目です。最初のシーンでしっかりセリフが言えたので、「あぁ、シーザーがオレのところに、やってきた」と安心して上杉君や、占い師の石山さんたちとシェイクスピアのうわさ話に花を咲かせていたら、演出部が泡を食って飛んできたのです。 楽屋から舞台へ続く階段を、一気に飛び降りたときには、すでにシーザーたちが舞台に出ていなければいけない時間帯でした。舞台上ではブルータスの宮内クンとキャシアスの姫野クンが所在無げにシーザーとアントニーの登場を待っていました。古典では、アドリブもままなりませんからね。 こんなとき、「出とちり弁当」を配ったりするのですが、今回は40人の大所帯。丁寧に謝って回ることで済ませました。演出の野伏さんには、「お酒」で勘弁してもらいました。 天幕の後に出現する悪霊は、台本にあるのですが、戦闘シーンで出てくる亡霊は、野伏さんのアイデアです。あのシーンがシーザー的には、とても評判よかったのです。セリフのないシーンですからやっている僕としては、ほめられてもちょっと複雑です。 でも今回の公演、おおむね好評をいただいて出演者一同とても喜んでいます。どうも、ありがとうございました。 2002/4/30 大二郎
つぎは2004年2月4日から2月22日まで、日本橋の三越劇場の舞台です。 |
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