― ジュリア・ロバーツってすごい ―

 長野県八ヶ岳北壁のわが山荘。標高1200mのところにあるもんだから、冬の冷え込みはすごい。水道管なんか、普通にしていれば簡単に破裂。断裂。だから秋深くなったら(・・・・といっても理想的には10月中旬。今年はスケジュールの都合で仕方なく11月アタマ)一度、水道のメンテナンスで八千穂村(麓から山の2000mくらいのところまでみんな八千穂村だ)に出かけるのだ。

 テレビでも何回か放映してご存じの方も多いだろう。北に高原野菜の畑が広がり、その彼方に浅間がくっきりとそびえ立つ。カラ松に囲まれた、あの家である。

 それで、今日、3日。文化の日をブンカチックに、床暖のきいたアトリエに寝ころんでテレビを見た。NHKの再放送(「アー、あたし、これ観た」と、キサコさんが言っていた)。ジュリア・ロバーツがモンゴルに行って馬に乗った話。イギリスの映画会社の製作。西洋人映画スターをモンゴルのパオで生活させてみようという企画だ。いわゆる紀行物。ところが、これがとんでもなくすごい作品だった。

 ボクが見たのは途中からだ。「彼らは私にパオをひとつあてがってくれた」あたりからだ。ジュリアはモンゴル人家族の子供が草原にオシッコしているのを見て、自分がどこにトイレを見いださなければならないかを悟る。西洋の価値観と東洋の価値観の違いを見て、東洋の価値観に身を任せてみようと決心する。

 そしてモンゴルで一番の牧畜名人とジュリアの友情物語。競馬に使うための馬を捕まえるモンゴル人たちの強靱さ。どうもこの牧畜名人の孫が競馬の競争で勝つという傍線の話は、映画会社のやらせであるようにみえる。身体障害のありそうなモンゴル人の登場人物に関しても映画のテーマは決してそれに触れていかない。なるべく普通に撮っている。

 ところがその彼のジュリアを見つめる目は、とても輝いているのでカメラの外でジュリアがいかに彼を大事に扱っていたかが分かる。

 確かにこのスタッフはテーマも、シナリオ・ハンティングもジュリアにうっちゃられたというところだろう。しかしそんなことは関係なく、ジュリアがモンゴル人たちの中に自分の身を投げ出す潔さがすごい。絵の中に牧畜名人の妻に作ってもらったというジュリアのモンゴル服が、風をはらんでしっかりと存在している。しっかり存在することがいかにむつかしいことか。ジュリアが感想を語る言葉の中にジュリアの人生観がみなぎる(これがすべて用意された台本だとしたら、もっと話はすごいのだが)。

 別れのシーンで背中を見せたジュリアが急に泣く。カメラもスタッフもそれに気がついていないかもしれない。出演者が泣いたらカメラマンは決してそれを放っておけないものだ。きっと、録画を見直したところで初めて気がついたことだろう。それでもいい。ジュリア・ロバーツのこのイサギヨサをカメラの中で捉えきったんだから、このスタッフは、それだけで大勝利さ。

2003.11.03