学生としてくらした場所
○1951年 昭和26年4月 山口県城南村立城南小学校入学
○1952年 昭和27年4月 山口県佐賀村立佐賀小学校転入
山口県熊毛郡佐賀村へ移転。漁村だ。
親父の買ってくれた伝馬船で、瀬戸内海にこぎ出す毎日。
○1957年 昭和32年3月 山口県佐賀村立佐賀小学校卒業
小学校5年6年で図書館の本400冊完読。
○1957年 昭和32年4月 山口県佐賀村立佐賀中学校入学
弁論大会。生徒会長。このころが得意の絶頂だね。
佐賀村は平生町と併合、山口県熊毛郡平生町佐賀となる。
○1960年 昭和35年3月 山口県平生町立佐賀中学校卒業
○1960年 昭和35年4月 山口県立 熊毛南高等学校入学
翌年、父親の定年退職にともなって、本家(母方の実家)のある光市に家
を新築。山口県光市へ移転。
○1963年 昭和38年3月 山口県立 熊毛南高等学校卒業
国語は模擬テスト県下一の成績だったこともあるけど、数学、物理は再履
修。不合格ってこと。
○1963年 昭和38年4月 私立 明治大学法学部 入学
最初、横浜の実家より通学。
横浜の実家のそばにアパートを借りる。
独り立ちへの準備?
東京都渋谷区幡ヶ谷のアパートへ。3畳一間で独立。
大家さんは渋谷署の刑事さん。
ここに英語部の同級生11人が、宴会の帰り、酔って寝た。
3畳の部屋だぜ。
その後、一時横浜の実家に帰る。
大学3年。
芝居をはじめるようになって、親戚の足立区の建設会社でアルバイト。
東京都足立区本木の姉の家(嫁ぎ先)へ居候。
大学4年。
東京都港区麻布こうがい町の先輩宅(学生劇団主宰者)で、
六ヶ月の居候生活。書生生活ってやつだね。
それから東京都新宿区柏木、成子坂下のアパートへ。
三畳一間。南向きの窓の広い居心地のいいところ。
アパートの、その名も新星荘。
ここは長かった。名曲「神田川」の青春、そのものだった。
映画「裸の十九才」の撮影は、このアパートから始まった。
○1967年 昭和42年3月 私立 明治大学法学部 卒業
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