2004年、ひきつづき法学部特別招聘教授を拝命。

 11月の学生によるシェイクスピア『ヴェニスの商人』上演にむけて邁進。

 2003年。特別招聘教授の場を法学部に移す。

 明治大学にシェイクスピア研究の講座開講を上申。企画が通り来年から全学部共通の教養講座として『シェイクスピア学』を十数名の教師によって教える手はずが整う。(コーディネーター佐藤正紀教授)。

 文学部演劇学専攻に、演劇に親しむ気運の盛り上がりが見られる。

 2002年。演劇学専攻の1年生に『朗読』を教え、朗読劇『夏の夜の夢』上演。
千葉県八街(ヤチマタ)高校でも朗読を教える。明治大学社会人公開講座で『朗読』を開講。

 2001年春。友人佐藤正紀教授のお手伝いということで、明治大学文学部演劇学専攻の特別招聘教授を引き受け、3年生に『朗読』を教える。これが大成功。シェイクスピアの朗読劇『ロミオとジュリエット』上演につながる。

 近過去トップのニュースは落馬事件による左膝脛骨粉砕骨折。『猿回しのルーツを訪ねて』という番組でインド、プシュカールの峠で水牛に突っかけられたこと。その前はGメン、船ハッチ落下事件。

 新藤兼人監督の『裸の19才』で映画デビュー。その後はトントン拍子。

 明治大学2年。英語劇をやって人生観が180度転換。すっかり俳優を志すことになった。

 ろくな受験勉強もせずに明治大学法学部に入学。よほど試験問題と相性がよかったのだろう。成績優秀だったらしく、1年からクラス委員。

 瀬戸内海で毎日伝馬船漕ぎ。
ブリキとセメントでバーベルつくってからだづくり。

 親父とよく行った、広島、原爆ドーム。宮島の厳島神社。秋吉台と秋芳洞。
それに下関の自衛隊祭り。装甲車の機関銃にとりついて離れなかった。オレって「隠れ右翼」かも。

 子供の時は「10年ぶりに村が送り出す東大型秀才」と呼ばれた。
長じてはデビューの時「10年に一人の大型新人(朝日新聞)」と書かれた。
あれは「O”型新人」の間違いだったんだろうか。ちなみにボクの血液型はO”型です。

 トトー、トトーと瀬戸内海の岩場に打ち寄せる波を、あじわって御覧。
子供心にも、「人生、決してあくせくするこたぁない」ってことが、よく分かるよ。だから僕ら瀬戸内海育ちは、どこか悠々しているのさ。

 不思議に北海道気質と合うんだ。「なんとか、なるっしょう」・・・ね。
北海道の雪の降り方が、瀬戸内海の打ち寄せる波の具合と似ているのかもしれないね。